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(52) 「何日君再来」いつの日君帰る -数奇な運命の歌物語 –

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by meisakulive 作成日 2010年07月27日  更新日 2010年07月27日
 中国と日本で愛され数奇な運命をたどった歌とそれを巡る人々の物語です。
 その歌のタイトルは「何日君再来(ホーリイチュンツァイライ)」(いつの日君帰る)です。中国では、戦前に上海で活躍し黄金の声と称えられた周璇(チョウ・シュアン)によって歌われたことによって広く知られることとなりました。その後、李香蘭(山口淑子)、戦後は、鄧麗君(テレサ・テン)によっても歌われ広く大衆に親しまれました。現在に至るまで、中国、台湾そして日本で歌われる名曲となっています。(多分、ほとんどの人がメロディを聞けば知っているはず) 

 しかし、この歌には悲劇的な秘めたる謎が隠されているというのが本題です。この曲が誰によって作られどのように歌われてきたかまで知っている人はほとんどいないと思います。その謎解きに興味を持って色々と調べたドキュメントが以下の本になっています。

 中薗 英助 著、「何日君再来」物語 、(河出書房)、初出1988年 文庫1993年

 私は10年以上前に読みましたが、その数奇な運命を辿る旅路がミステリアスでした。当時、中国のその当時の映画や歌謡に興味があっていろいろ調べていました。戦前は、上海そして香港でこのような芸能人が活躍していました。

 その中の一人が周璇(1918-1957)です。まだ少女時代にデビューし映画にたくさん出演しています。可憐さと「金嗓子」(ゴールデンボイス)で一躍トップスターになりました。
そんな中、日中戦争が激化する1930年代に「何日君再来」は生まれました。この本は、その作曲者は誰かという著者の疑問から始まり、1980年代に8年の歳月をかけて作曲者本人にたどり着くというミステリー仕立ての構成になっています。

 周璇の後半生は不幸だったようです。戦後、香港に行きますが、最後は失意の中、病死したということです。この曲の作曲者も文化大革命当時は弾圧を受けたことも明かされます。
 このように、この曲の作り手、歌い手は決して明るい人生を送ったというわけではないですが、生み出された音楽とその歌詞は中国、台湾、そして日本と国境を越えて歌い継がれてきました。同じような話は、第2次大戦下のヨーロッパでもありました。ドイツ人のマレーネ・ディートリッヒが歌う「リリー・マルレーン」です。この名曲は、ドイツ軍と連合国の兵士によって戦場で愛されました。音楽の持つ力は国境や敵味方も越える力を持っているのです。

 名曲や名作が生まれ語り継がれる裏側の謎めいた真実に思いを馳せるのも、ときにはよいものだと思います。

名作ライブ 鈴木


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