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(44) 写本に命をかけた物語 -1 井上靖「敦煌」から

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by meisakulive 作成日 2010年02月17日  更新日 2010年02月17日
 人類による文字と印刷技術の発明によって本の大量複製ができるようになり、世界が変わった話は(28)(29)でもしました。
 今回は印刷技術の発明以前に一冊(一巻)の書物がどれだけ価値があったかという物語についてです。
 
 というのも、つい最近の報道を見て色々思ったからでした。グーグルによる世界中の書籍の電子化プロジェクト、さらには電子書籍端末のキンドルやiPadの発売の報道がそれです。国内でも、国会図書館は蔵書の電子化を進めているし、出版社もネットによる雑誌などの配信事業に本格的に乗り出すとも報道されています。デジタルメディアの登場で、また大きく世界が変わりそうな勢いです。それはそれで止めようのない流れです。いつでもどこでも見ることができるといった大きなメリットや新しい価値を付け加えることもできるはずです。我々の読書の環境も変わっていくでしょう。しかし、今回はその話ではありません。

 それとは反対に印刷技術を持たない時代に、書物を後世に伝えようとした話です。写本に命をかけた人たちの物語です。

 一つ目は、井上靖「敦煌」です。
シルクロードを舞台にした壮大な歴史絵巻が繰り広げられます。敦煌の莫高窟は仏教壁画でも有名ですが、そこの壁の奥深くにある秘密部屋から20世紀初頭に大量の経典が見つかったという史実からヒントを得て書かれた物語です。

 宋の時代、漢人の主人公が科挙の試験に失敗した後、偶然、当時勢力を拡大していた西夏文字を目にします。それに誘われるかのように西夏に分け入り、都から敦煌までの回廊を渡り歩きます。その過程で仏教の経典の持つ力に魅了され、最後は敦煌での争いの中、寺の中の貴重な経典の巻物を洞窟の秘密部屋に隠すという話になっています。それが、何世紀もの時を経て現代に伝えられたのです。

 物語には、ウイグル族の姫が出てきたり、漢人でありながら西夏軍として活躍したり、キャラバンと砂漠を旅したり、まさに大陸的スケール感に彩られた話が繰り広げられます。日本のような島国ではわからない地続きの大地で繰り広げられるダイナミックな民族のせめぎあいが描かれます。それが、井上靖の筆致にかかると、まるでロードムービーを見ているかのように目の前に浮かんできます。映画化もされていますが、この物語でシルクロードに行ってみたいと思った人は多いのではないでしょうか。

 そして最後のシーンです。敦煌の街が焼け落ちようとしています。寺から命をかけて経典を運び出し隠そうとするところがクライマックスです。手書き文字の集まりは、物質的にはただの紙面あるいは巻物にすぎません。しかし、そこには仏教が生まれてから、それを伝えようとする長い歴史と人々の思いが封じ込まれているのです。だからこそ、命をかけてまで守ろうとする行動がとれるのです。

 現代のように簡単にコピーして複製ができるメディアとの対比を考えるとき、同じ文字を見ているとしてもそこには大きな違いがあると思えてきます。

 そして、もう一つの物語は西洋の基盤となっているキリスト誕生にまつわる物語です。
戦後に発見されて大きな話題となった死海文書の謎を描いたエリエット・アベカシス著「クムラン」です。洋の東西はあっても写本に命をかけた物語という点では共通しています。
 その話はまた次回に。
 
 名作ライブ 鈴木




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