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(26) スタージョンの法則

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by meisakulive 作成日 2009年09月25日
 いつもはある名作をテーマにしていますが、今回はそれらを楽しむ上で個人的に思うことを書いてみます。

 読者の皆さんは、日々たくさんの本や映画、音楽、絵画などに触れ、大げさに言えば名作に出会う旅を続けていることと思います。本当に感動できる作品に出会ったときはこれに勝る喜びはありません。しかし、なかなかいつも簡単に出会えるとは限りません。

 ここに、アメリカの作家シオドア・スタージョンが言った有名な言葉があります。
一般には「スタージョンの法則」と呼ばれています。

それは “Ninety percent of everything is crud”というものです。

 彼はSF作家ですが、70年代に、通俗的なSFが出回っていることを見て発言しました。

「SFの90%はカス(crud,crap)である」それは、すなわち「あらゆるものもその90%はカスである」に外挿されることになります。

 Crudというのは、沈殿してたまったカスのようなことですが、クズといった方がわかりやすいかもしれません。
 つまり、世の中で本当にいいものは1割しかないということを言っています。小説だけではなく評論やエッセイ、さらに映画や音楽、美術作品など、多分ほとんどの分野で当てはまる真実だと思います。

 私は、70年代当時は一番SF作品を読んだころで、この説もいつの間にか耳にしていました。友人のSFファンと、「なるほど、そんなものか」と言い合っていたことを覚えています。
 しかし、今考えてみるとその当時読んだ本はほとんどが面白く、「はずした」と思うことはあまりなかったように記憶しています。そういう意味ではこの法則はあまり実感していなかったかもしれません。その理由を考えてみました。

 一つには、その当時、いわゆる駄作は出版されずに本当に名作に近いものだけが世の中に出回っていたので、当然1割内のものが目に留まることになった。二つ目は、その当時は名作の出現頻度が今よりずっと大きかった。特にSFに関していえば50年代、60年代は歴史的に見ても傑作が多数生まれた時期なので、そこに偶然出会えた幸運だった。三つ目は、9割の駄作も読んだ中に含まれていたが、当時は読書の喜びに目覚めたばかりの上に感受性が強かったのでどれも面白く読めてしまった。つまり砂が水を吸い込むようによいところを吸収できた。

 実際の理由を検証するのは難しいですが、この3つの理由はどれも比重の差はあれ当てはまっているように思います。

 さて、本を一番読めたのは10代から20代の学生時代までです。社会人になるとさすがにまとめて本を読む時間はとれません。そして時代が移っていくわけですが、現在はどうかと考えると、まさにスタージョンの法則がぴったり当てはまるように感じます。というかクズでないのは1割どころかその半分5%以下のような気もしていきます。つまり20回に1回くらいしか良いものに出会えないということになります。皆さんのヒット率はどのくらいでしょうか。

 その理由を考えると、先ほどの逆になっているようです。すなわち、あまりにたくさんのものが世の中に出回っている。そのため傑作や名作は生まれてはいるはずだが、なかなか遭遇したり見つけるのが難しくなっている。さらに、あまり認めたくありませんが、個人としての感受性が鈍ってしまっているということもあるかもしれません。

 物理の世界にSN比という言葉があります。Sはシグナルで意味のある量、Nはノイズで本来は除去したいもの、この比率は当然ノイズが多くなれば小さくなります。現在はそういう状況だと思います。出版社も増え発売点数も飛躍的に増加している。さらに、インターネット時代になって誰でも自由に情報を発信できるようになるとこの状態に拍車をかけることになります。昔は、ノイズの部分は編集者や出版社のレベルでフィルタリングされていたのが、今はスルーパスになったとも言えます。傑作や名作足りうる作品の絶対数が昔と比べて増えているのか減っているのかよくわかりませんが、相対的に比率が少なくなっているのは確かでしょう。

 ただし、この状況が決して悪いと言っているのではないのであしからず。昔あったようにお上による統制によって自由に出版できないことと比べたら自由ほどありがたいものはないのですから。それに、駄作といわれて切り捨てられた作品に価値があるかもしれません。その時代には理解されずに何十年後に名作になる場合もあるかもしれません。そもそも1割に入らないcrudにさえ価値を見出すことができることもあります。B級SFというのがあります。つっこみどころ満載のとんでもない作品でも愛すべきものはたくさんあります。全てが傑作だけになってしまってB級が存在しない世界になってしまったら、それはそれで歪で息苦しくなる世界でしょう。

 現代では1割以下の作品に出会うために色々と工夫をしなくてはならないことになります。そのためにはリテラシーを身につける必要があります。一つの方法としては、「知の編集」作業を通過したものに手を出すということです。信頼できる(あるいは自分に合った)書評氏の意見に耳を傾ける。気にいった作家の作品を追いかける(これは常套手段)。最後は勘で勝負になります。経験値が上がるとこの値も上がったりしますが、100%確実でないところがまた面白いのですが。

 結局のところその人にとっての名作に出会うために日々試行錯誤を繰り返すしかないという結論になるのでしょう。おもしろいと思って手にとったものの「はずした」と嘆息し、何気なく手にして読み始めたら感動の嵐だった、というようなことを繰り返していくしかありません。

 しかし、これはある意味とても贅沢なことです。愛すべきcrudに感謝しつつその上の存在を探す旅が続きます。

 名作ライブ 鈴木

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