前回は1950年代のアメリカを描いた作品の紹介でした。今回も関連して50年代アメリカの雰囲気がよくわかるドキュメンタリー映画作品を紹介します。
真夏の夜のジャズ (原題:Jazz on a Summer's Day 1959年アメリカ映画 82分)
この映画は、1958年に行われた第5回ニューポート・ジャズ・フェスティバルの模様を描いています。アメリカの開放的な野外コンサートの様子がミュージシャンの演奏はもちろん、リラックスして楽しむ聴衆と共に生き生きと写されています。
公開が59年ですから、今年はちょうど50周年という記念の年になります。
アメリカの50年代は豊かで落ち着いた時代でした。58年はアメリカ初の人工衛星エクスプローラー1号が打ち上げられ60年代を予感させます。59年にはレイモンド・チャンドラーが亡くなっており一時代の終わりの年でもあります。
日本では、昭和34年に当たり戦後の混乱期を脱して高度経済社会に突入するころです。映画では「ALWAYS 三丁目の夕日」がまさにこの年、そして東京タワーができた年でもあります。未来への希望はあふれていましたが、まだ貧しさは周りに残っていた時代です。
第1次世界大戦後の1920年代も活気に満ちて文化が一斉に花開きましたが、同じような雰囲気がアメリカの50年代でも感じられます。その雰囲気がこの映画からひしひしと感じられます。まさに文化は時代を映す鏡ということを実感できます。
それでは、はじめに記録映画の音楽面から見てみましょう。
個人的なことになりますが、この映画を見たのはいつだったか覚えていないくらい前のことです。その時はジャズというとコルトレーンのような先鋭的な音楽のイメージが強くて、こんなにほんわかとした音楽は本当の姿ではないというように思ったことを記憶しています。(まぁ、若いときは周りがよく見えていないとうことなのですが)その後、ビデオ(DVDではない)を手に入れてじっくり見ることによって背景もわかり、その意味がようやく理解できました。
たくさんのミュージシャンが出ています。セロニアス・モンク、アニタ・オデイ、ジョージ・シアリング・クインテット、ダイナ・ワシントン、ジェリー・マリガン・カルテット、メイベル・スミス、チコ・ハミルトン・クインテット、チャック・ベリー、ルイ・アームストロング、マヘリア・ジャクソンなどなどです。ギターのジム・ホールや、トランペットのアート・ファーマーなど日本でも有名な人たちも出ているのですが、カメラワークではほとんど気がつかないくらいだったのは、当時はまだそれほどでもなかったということなのでしょうか。
さて、これらの演奏は正統派ジャズから前衛がかったものまで、さらには女性ボーカル、ロックンロールに、ゴスペルまで幅広いことがわかります。一つ一つ挙げることはできませんが、何と言っても最高なのアニタ・オデイでしょうか。白い手袋に大きな帽子で歌う「Tea for Two」はまさに白眉といっていいものです。おしゃれでノリが良くて、観衆もみんな幸せそうに頭を振りながら聴き入っている様子は、まさにこの映画だけでなくその時代や人々の幸福な瞬間を雄弁に語っています。
前回のチェスレコードで出てきたチャック・ベリーもヒット曲「スウィート・リトル・シックスティーン」を、ギターを弾きながら歌います。この曲では若いカップルが立ち上がって踊り出します。ジャズというジャンルからははずれていますが、こういったいろいろな音楽を分け隔てなく楽しんでいるというのは今の細分化した音楽シーンから見ると逆にとても新鮮に感じます。
他にも、夜も更けて最後の出番はサッチモことルイ・アームストロングです。彼のMCは本当に人柄がにじみ出て人々を幸せな気分にさせてくれます。司会者が「この街はあなたのものだ」と言ったのは最高の賛辞の言葉でしょう。
そして、オオトリが黒人女性ゴスペルシンガーのマヘリア・ジャクソンです。力強い声も素晴らしいのですが、最後の曲が「主の祈り」という神を称える歌です。抑制が効いたその歌声には誰しも崇高な心持になります。アメリカがキリスト教社会で一つになっていた時代を象徴する終わり方です。もはやこの音楽を前にしては、人種の違いなど意味がないと会場の誰しもが思ったのではないでしょうか。
次に音楽以外の要素についてです。
今までにも音楽のライブ映像を収めたドキュメンタリー映画は数多くあります。もちろん、演奏そのものが素晴らしければそれだけを記録しても価値はあります。しかし、この「真夏の夜のジャズ」は、その演奏だけを捉えたのではありません。会場周辺の様子や、何よりも聴衆がどんな気持ちで参加していたかを映像に残しているところにこの作品の本当の価値が生まれています。まさにこのことが単なる記録映画ではなく、アメリカの50年代の幸福な一瞬を半世紀後の今に伝える素晴らしい作品になった理由なのです。監督とカメラマンの意図が入るからこそ生きた作品になっているといえるでしょう。
ニューポートは海沿いのリゾート地です。ちょうどヨットのアメリカズ・カップが開催されおり、その様子が曲間あるいは演奏シーンに挿入されます。白い帆を張ったヨットを俯瞰する風景は開放感にあふれています。ライブ会場周辺でも、小さなジャム・セッションが繰り広げられています。ビールを飲みながらリゾート気分です。なんと幸せな瞬間しょうか。
演奏会場で聴き入る聴衆の姿は何度も描かれます。演奏シーンと同じ位の時間をそれに割いています。ライブ記録映画でも、これだけオーディエンスの様子が手に取るようにわかる作品は他にないのではないかと思います。おかげで我々も同じように会場にいるように思えてくるのです。
聴衆にはあらゆる年代の人たちがいるようです。赤ちゃんのいるファミリーから、若いカップル、お年を召した夫婦、それに数は少ないようですが、黒人の姿も白人に混じって見えます。この映像からは人種隔離があったとは想像できません。そして彼らがみな一応にリラックスして演奏に聴き入っています。アメリカ人ですから反応がいいのは当たり前ですが、みんな笑顔で眼が輝いています。こういう雰囲気のライブは今ではちょっとなかなか見ることはできません。演奏する方も、みんな笑顔で楽しそうです。ライブでは演奏者と会場が一体になれることが醍醐味ですが、このように年代や人種を超えて共感を得ることができた時代があったことは、今見ても奇跡的に思えてきます。
現代のアメリカ人がこの映像を見てどう感じるか聞いてみたいですが、確かにそこには古き良きアメリカがあるように思います。
しかし、この後すぐにやってくる60年代は激動の時代です。科学技術は目覚しい発展を遂げますが、政治的にはベトナム戦争の泥沼化、そして人種間の対立が表面化し、ロックが生まれ、若者が反体制を唱えるダイナミックな10年になります。
69年の「ウッドストック・フェスティバル」がその象徴ですが、10年で天と地くらい違う時代になっています。そう考えるとこの「真夏の夜のジャズ」は幸せな束の間の休息の記録だったということなのでしょうか。
名作ライブ 鈴木
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