今回は、名作ライブにも蔵書がある夢野久作の著書についてです。6月に追加版として「ドグラ・マグラ」と「少女地獄」を載せました。初回版に載せるのはためらわれましたが、今回は満を持しての登場です。(大げさかな)
「ドグラ・マグラ」ですが、天下の奇書と言われます。沼正三の「家畜人ヤプー」と双璧をなします。個人的にはこの二作は名作だと思っています。(名作の定義は人によるので、そう思わない人がいてもいいのですが)でも、決して良い子が読むものではありません。そして、決して教科書に載ることはない作品です。
実は、「ドグラ・マグラ」は数年前に読みました。ずっと昔から気にはなっていたのですが、中々ページをめくるに至りませんでした。ぱらぱら見るにつけ、これは読み終えるのは難航しそうだと予測がついたからです。敷居が高いというか、確かにそういう類の小説です。しかし色々うわさ?も聞くし、ある日思い立って読み始めました。簡単に読み進めることはできなかったものの次第にその世界に引きつけられました。そして何日かかったか記憶にないですが、読み切ることができました。幸いなことに発狂することもなく無事だったのですが、よく言われるように脳内がかき混ぜられた感覚が残ったことは覚えています。
(読んでから時間が経っていることもありますが)この本のストーリーを簡単に要約するのは難しいことです。病院らしきところで過去の記憶をなくした主人公の呉一郎が目覚めて、正木博士から色々話を聞きながら話が進行していきます。どうやら殺人事件があったようで、ミステリタッチで話が進展していきます。主人公の意識と外世界の現実が重層的に交錯していき、読者はよく訳がわからないまま流れに引き込まれていきます。この辺りの混沌さを現す描写は想像力をフルに掻き立てられて秀逸です。文字だけで構築された世界だからこそ表現できる世界です。そして終盤のクライマックスになだれ込み、ようやく全体像が見えてきたように思うのですが、最後がどうなったのかは幾通りかの解釈もできそうで、やはり謎を残したまま終わるのです。
どうも説明になっていませんが、気になったら原作を読んでください。(としかいいようがない)
読んだ後になりますが、「ドグラ・マグラ」が過去に映画化されていることを知りました。こんな原作をどうやったら映像化できるのだろうかと、これも気になっていました。そんな折、今年の2月に渋谷のシアターイメージフォーラムで松本俊夫監督の回顧展で「ドグラ・マグラ」(1988)がリバイバル上映されることを知って早速見てきました。
小説と映像作品の違いについて色々考えさせられました。今回は初めに小説の方を読んでいたためか、ストーリーはほとんど混乱なく理解できました。映像表現は具象性を持っているので、始めから主人公が何者であるか、その置かれている位置がわかってしまいます。その後もどうしてもストーリーの説明をすることに力を注ぐことになってしまいます。そのため小説で読むような想像力をフルに働かせイメージを膨らませることがあまりありません。小説では重層的な構造もフラットに見えてしまいます。もっとも原作を読んでいなかったら別の印象を持ったかもしれませんが。
ただし、この映画を否定しているわけではありません。よくぞこの難解な原作を映像化してくれたと思います。昭和初期の雰囲気がよく出ていました。精神病棟の中庭の人物描写、それに何といっても庭の真ん中に置かれた背丈以上の仏像の頭などは、小説とは違って映像表現ならではのものでした。最も意表をつかれたのは正木博士を演じた落語家の桂枝雀です。演技というよりは地のような気もしますが、「空虚さをたたえた笑い」のような雰囲気を醸し出すことに成功していたと思います。
話がそれますが、よく小説と映画を合わせて楽しむことがあります。思い出したのは、数年前に大ヒットした「ダヴィンチ・コード」です。まず本を読みました。謎解きがとてもスリリングでほとんど数日で読み終えてしまいました。その説明が真実かどうかは別として、とても整合性があって理にかなっていて妙に納得させられてしまいます。しばらくして映画版が上映されて観たのですが、はっきり言って全然つまらなく感じました。小説をそのままなぞって説明しているだけです。スター俳優やルーブルのロケなどお金は大量に使っていて豪華には違いないですが、なんの感興も湧きませんでした。やはり説明するだけの映画はオモシロクないのです。ハリウッド映画にそういうのが時々あります。観客はバカだから丁寧に説明してやっているのだと言われそうですが、あまり見くびらないで欲しいと思います。反対に、我々も映像を読み解くリテラシーの向上を図る努力も必要になってきますが。
もっと最悪なのは、ヒットした映画の脚本から小説にしたいわゆるノベライズ本です。面白い映画だったので、読んでみたことが何度かあります。しかし、上の場合と順番は逆ですが、全く同じでした。つまり、想像力を働かせる余地がない作品はちっともオモシロクないということです。こんなことを書くと、どこからかクレームの石が飛んできそうですが、もちろん原作もその映画化作品も共にとても優れた作品はたくさん存在します。ひとえに何を表現するかという作家あるいは監督の腕にかかっているという当たり前のことに気がつくわけです。
夢野久作の小説について書くつもりの話が横道にそれてしまいましたが、「ドグラ・マグラ」は、そんなことまで考えさせてくれる優れた作品であることには間違いありません。
最後に、ひとつだけ。もう一つの作品に「少女地獄」が入っています。こちらはずっと短くて読みやすいですが、これもとても面白い作品です。3編の短編からなりますが、そのうち2作は映画化されています。一つは、2番目の「殺人リレー」を題材にした「ユメノ銀河」(1997)と、もう一つは3番目の「火星の女」を題材にした「夢野久作の少女地獄」(1977)です。こちらは映画を先に観てから小説を読みました。とってもマニアックな世界ですが、こういう世界に浸る醍醐味には捨てがたいものがあります。
名作ライブ 鈴木
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